カトリック北仙台教会

お知らせ

カトリック北仙台教会の催し物や信徒の皆様へのお知らせです。

インフォメーション

慈しみの泉

2012年4月26日

復活節第二主日(今年は4月15日)は「神のいつくしみの主日」でした。この祝日は教皇ヨハネ・パウロ2世によって定められましたが、彼が列聖した聖マリア・ファスティナの促しによるものでした。聖ファスティナは20世紀初頭に生きたポーランド人修道女で預言者ですが、彼女が伝えた神の慈しみのメッセージを同教皇は「現代のための神の贈物」と述べています。

イエスは彼女に直接言われます。
「わたしの慈しみの泉に近づく人びとの上にわたしはあふれる恵みを注ぐ。(・・・)その罪が緋のようであろうと、わたしに近づくことを誰も恐れないように」
(「わたしの霊魂における神のいつくしみ~聖ファスティナの日記」699 聖母の騎士社刊)

この「日記」の日本語版発行に関して、神の慈しみの聖母修道女会 シスター・マリア・エルジビエタ・シェパクは
「この偉大なメッセージは、神の慈しみの愛のすべての美しさと豊かさのままに桜の花咲くお国にも到着し、人々の心を希望と平和で満ち溢れさせ、この喜ばしい真理を世界に宣べ伝えるために心を燃え立たせるでしょう」と結んでいます。 (M・M)

与と求と

2012年4月22日

3月28日、NHK「検索deゴー!」を見た。内容は嘗ての「世界遺産」に追加取材を加えて、場所を問わず、或るテーマの下で再編集したもの。昨年から始まっていた様だが、見ていなかった。

綺麗な番組。しかも解説付きで、3名のゲストの推薦口上等も加わり、1時間15分は退屈しなかった。何ヶ国,何ヶ所回ったのだろうか。終わってみると「綺麗だった」という感じだけが残っていた。

番組が歴史や神話に触れたからであろうか、昨年買った「ギリシャ神話」を思い出した。書棚に確かに在った(NHKラジオ番組テキスト)。しかも債務超過問題に絡んで、ギリシャを論じた新聞の切り抜きが7枚も挟み込んであった。
隣にもう1冊在った。阿刀田高氏の「私のギリシャ神話」(NHK/TV・人間講座テキスト・1999/4~6)。冒頭に「ギリシャ神話の楽しさ」とあるが、付いて行けなかったのだろう。4冊あるテキストのうち1冊で終わっている。

前者のラジオ番組は聞いていない。「疎い分野だから、聞いて解るものでない」と最初から諦め、テキストだけを読んだものだった。これは、よく陥る私の思考停止の一つ。テキストは、西洋古典学者・逸身喜一郎東大名誉教授が、ルネッサンス・バロック絵画を解き明かして呉れている。とても興味深く読んだ。

 両者とも、ギリシャ神話が、今も大きな影響を与え続けていることを強調している。納得できた。
 余計なことまで考えた。「与えられる事と探し求める事」の違いは大きい。自分は、探し求める旅を 何時まで続けることが出来るのだろうか?娘から声がありそうだ。「もう限界じゃない!」(GG)

映画 神々と男たち

2012年4月20日

昨年、絆という言葉のうちに人と人とのつながりの大切さを再認識したが、この映画も絆をテーマの1つとしたものだ。
宗教を超えた絆、かつての支配国民と被支配国民という関係を超えた絆を、この映画は描いている。
「神々と男たち」は、2010年に、実話を基に制作・公開されたフランス映画。
時代は1990年代、アルジェリアのある寒村のトラピスト修道院のフランス人修道士達の物語。
トラピスト修道会といえば、日本ではクッキーやバターでお馴染みだが、厳しい労働と祈りのうちに質素な修道生活を送っていることで知られている
映画の主人公となったアルジェリアの修道士達も畑を耕し、村人たちを医療で助け、静かな祈りの生活を送っていた。
いうまでもなくアルジェリアはイスラムの国、村人たちはイスラム教徒だ。しかも、アルジェリアはかってフランスに支配され、武力で独立を勝ち取っている。
しかし、修道院には、毎日、治療を受けるため大勢の村人達が詰めかけ、修道士達に信頼を寄せていた。修道士たちも、同じ神の民として村人に接し、村人たちを信頼していた。
今日、キリスト教とイスラム教は対立的な関係にあると理解されがちだが、歴史的には平和に共存してきた時代の方が長い。かつてのパレスチナも、こんなだったのではないかと思う。
さて、ある日、アルジェリア政府に反対する武装グループが村に押し入り、修道院を襲おうとする。同じ時期に彼らは外国人労働者を殺害しており、修道士たちは動揺する。さらにアルジェリア国軍が、修道院が反政府派に加担しているのではないかと疑い、圧力をかける。ある修道士は死ぬために修道士になったのではないといいフランスに帰国することを主張し、またある修道士は残って勤めを果たすべきだと主張する。修道士たちは、何回も話し合い、祈り、最終的に、神が求めることとして村に残り村人と共にあることを決意する。
映画は、修道士達の日常を淡々と描写しながら、彼らの決意を静かに伝えている。
結局、修道院は襲われ7名の修道士達が拉致され殺害される。2名の修道士が隠れて助かり、現在もフランスで存命。
拉致、殺害の首謀者は、反政府派ともアルジェリア国軍ともいわれ、真相は未だに不明だ。
ともあれ、命の危険を冒した修道士たちの決意はまさに彼らの信仰を証したものに他ならず、このことに深い感動を覚えるとともに私たちの「絆」の内実を問われたような気がした。(GON)

答えのない悲しみ

2012年4月18日

これは、あのセンバツで石巻工主将、阿部翔人君の宣誓に出てくる言葉です。私には、この言葉がキーワードです。これで宣誓の言葉 全部が蘇ります。

2回戦には進めませんでした。しかし4回裏、それまでの流れからは予想もしていなかった逆転劇がありました。試合は、宣誓どおり彼らの全てを見せてくれました。感動しました。

もう一つあります。宣誓文造りの過程です。

「チームメートから盛り込みたい言葉をホワイトボードに書いてもらい、自分の文章に織り交ぜた」(河北)という。この時既に チームメンバーの気持ちも一つになっていた ことでしょう。これこそ リーダーの力量だ と感じ入りました。

今年の春のセンバツは、格別なセンバツでした。大震災の悲しみと苦難の中から新しいものを見つけました。感謝です。(GG)

女川・石巻巡礼に参加して

2012年4月16日

 先日、女川・石巻巡礼に参加した。石巻に4年ほど住んだ事のある私にとって、この町にはたくさんの思い出がある。

 ちょうど一年前、震災の2週間ほどあと、私は石巻を訪れ、そこで見た物は、波に押され押しつぶされた家々だった。あまりに変わり果てた思い出の町を前に、呆然とし、涙があふれた。

 1年後、押しつぶされた家々はきれいに片付けられてはいたが、処理しきれない大量のがれきの山、廃車となったたくさんの車は、まだそのままだ。そして、住人がいなくなり、更地となった町。被害が大きかった地域の復興はまだまだである事がよくわかる。



 女川では、私が知っている女川の町は無くなっていた。マリンパル女川の建物が無ければ、そこが女川の町だという事に気づかないほど、何もかも無くなっていた。そこに転がるかのように横たわる、鉄筋コンクリートの建物。女川の町は、こんなに小さく狭かっただろうか。かつては人々の生活があり息づいていたはずの場が、全く無機質とも思える場となっている事に、心は重くなる。

 女川での祈りのときには雪も舞い、あの日のように寒かった。私たちの祈りのカーネーションが浮かぶ海の水は、あの日の事が夢であったかのように、碧く静かに揺れていた。



 石巻教会ではミサを捧げ、津波から逃げ延びた信者さんのお話を伺った。生々しいあの日の話は、参加された方の心に深く刻まれたと思う。暖かく私たちを迎え入れてくださった石巻教会の方々には感謝である。

 今回の巡礼を通して、心と体で被災地を感じる事ができた。このツアーに参加された方々は、神父さまの説教にあったように、より、被災された方々の心に寄り添う事が出来たのではないだろうか。

(YT)

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