カトリック北仙台教会

お知らせ

カトリック北仙台教会の催し物や信徒の皆様へのお知らせです。

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2012夏 仙台ドミニコの森遊々ランド

2012年9月27日

原発事故で外遊びが出来ないでいる福島の子供たちを招いて思いっきり遊ばせよう、と原田神父が言い始めて始まったのが、〔遊々ランド〕。今夏で3回目となる8月8日から11日まで、26名の子供たちが仙台は青の木の「ドミニコの家」で文字通り遊びまくった。

 第1回目もドミニコの家で行ったので「仙台ドミニコの森遊々ランド」2回目は今年三月、仙台白百合学園「マリアハウス」行ったので「仙台紫山遊々ランド」、3回目もドミニコの家だったので1回目と区別するため「2012夏 仙台ドミニコの森遊々ランド」とちょっと長ったらしいネーミングとなった。

子供たちは福島市の桜の聖母小学校と郡山市の郡山ザベリオ小学校のそれぞれ4年生から5年生の希望者。中には参加が3回目というフル出場の子も何人かいた。

子供たちに人気なのが「沢遊び」で、沢蟹を捕まえるのが魅力のようだ。時には水を求めて飛んでくるオニヤンマを見事網で捕まえた女の子もいた。他に男子はサッカーと野球、女の子はドッジボールなどで遊んでいる。
食べ物で人気なのが「流し素麺」。素麺を流す竹の樋は北仙台教会のMさん作成のもの。
競ってドンドン子供たちが食べてゆく姿は壮観である。

イベントで人気なのが「肝試し」である。今年の3月にも白百合の校舎内で勿論夜に行ったが「お化けを蹴飛ばした」と威張っていた男の子がいたが、女の子の悲鳴が物凄い。今回もドミニコの家の周りで行ったが、ともかく何事かが起ったかというほどの凄まじい悲鳴を上げる。この全身で声を発することが出来るのが魅力なのではないだろうか。

面倒を見るボランテイアは白百合女子大学の学生が主であり、高校生は湘南白百合学園生、聖ドミニコ学院生、中学生は仙台白百合学園生など、ほんとにみんな良くやってくれている。子供たちの愛情表現が行過ぎて悪口となり、言われたお姉さんがまともに怒ったりと結構喧しい。しかし、最後に別れるときはお互いに手を振って名残惜しそうにしている。

運営費はカリタスジャパンを始めとする寄付で賄われている。今回は北仙台教会からもいただきました。ありがとうございました。(TS)

風向き

2012年9月26日

 最近の世情に 或る種の危惧を感じ、このテーマが 心に浮かんでいました。

 「世論調査結果は、瞬間風速で、期待値だ。その風が、何時まで続くか が問題」「或るマニフェストは、選挙公約ではない。尤もらしく見えただけ」「運動論と統治論」「マスコミ世論調査と政治の大衆迎合」「民意とは?」
 9月4日夜、民放の番組を見ながら、メモった言葉です。

 最近、脱原発に絡んで話題になったのが「討論型世論調査」です。
 これに関する新聞の切り抜きが、11枚あります。8月5日からの約1週間分です。インターネットでも調べました。漸くこの手法と問題点が分かりました。
 関連して「熟議」「民意」「政策」も取り上げられました。少なくとも「瞬間風速」を量るものではありませんでした。

 この変化の激しい時代ですが、納得のいく今 を歩きたい と 改めて思っています。(GG)

(追伸)前回までは、「過去に学んだことを 自分に言い含めたい」という思いを込めて綴った私の「日記」です。今回からは、普通の日常を書きたいと思っています。

残すべきか、残さざるべきか

2012年9月23日

あの震災から1年半が過ぎた。
今日はお彼岸、TVは各局、被災地での墓参りの様子報じていた。被災直後に比べれば日常生活はよくなりつつあるものの、未だ悲しみや不安は人々の心から去ることはない。
さて、最近、被災地の被災建物を残すか否で議論がかますびしい。
復興事業が進むにつれ被災建物の取り壊しが進んで、津波があったことがウソのようにただ広々とした空き地が広がっている光景がどこでも見られる。

春の彼岸に女川を訪れた際あった岸壁前のマリンパル女川のビルや七十七銀行の支店、町役場は、今は取り壊されて見ることはできない。
もっとも、倒壊した3棟のビルはそのままで、津波被害の遺構として残すそうだ。小高い丘の上の旧町立病院から眼下の町を見下ろすと、横倒しになったビルがなければ、この町立病院の1階まで津波が襲ったなんて想像もできないほど広々とした空き地とその前の静かな青い海を臨むことができる。

瓦礫の撤去が遅れていた南三陸町でも、被災建物の撤去が進み、海に臨むかつての市街地はほぼ空き地と化している。志津川病院も取り壊されている。
廃墟と化した病院の前を通るたび、あの晩ラジオで南三陸町は壊滅状態で病院の3階まで津波に襲われ屋上で助けを求めている状況が報ぜられても、街中が海水に呑み込まれていることがリアルに思えなかったことを思い出したが、今は空き地だ。
その、志津川で唯一津波を思い起こさせるのが、鉄骨だけとなった3階建ての防災庁舎だ。
鉄骨だけの庁舎の前に立って屋上を見上げると、津波の凄まじさが実感できる。
この庁舎で20数名の町職員の方が犠牲となられたが、今は、この地を訪れる人々の祈りの場となり、沢山の供え物が置かれている。

庁舎は来月末までに取り壊すことになっているが、ここにきて遺族の方からも拙速に取り壊さないでほしいという要望が出された。
勿論、早く取り壊して欲しいという遺族の方々もおり、役場は難しい判断を迫られている。

山田町では建物の屋根に打ち上げられた観光船を、石巻市雄勝ではビルの屋上に乗った大型バスを残そうという声があったが、いずれも被災者の感情を慮って撤去され建物は解体された。
しかし、そこで起こったことを目に見える形で残すことを、今一度考えるべきではないだろうか。(GON)

オリンピック柔道

2012年9月15日

 ロンドンオリンピックが終わった。日本は過去最高・38個のメダルを獲得。しかし、メダルの種別や 競技別では、内容が大きく変化している。特に、男子柔道には金が無い。

 柔道には、講道館ルールと国際柔道連盟ルールとがあって、試合毎に どちらのルールを適用するか を決めるのだそうだ。勿論、オリンピックは国際ルール。
 その特徴は、競技スポーツであること。従って、攻撃性を重視し、消極性への反則が厳しく、審判は 客観性や観衆への分かり易さを重視していると言う。

 解ってみれば、納得のいくことであった。しかし、心情としては、切れ味のよい業とか 綺麗な一本勝ち に拘りたい。
 一部で「柔道」と「Judo」と書き分けていたが、成る程と思った。伝統競技ではなく、別競技だ。多少でも精神性を求めて、日本では 競技スポーツや柔術ではなく、柔道を 私は求めたい。

 それにしても、ルールを勝つ為の手段として 試合運びをするのは 嫌いだ。国際化することの難しさだろう。外国育ちのスポーツで 闘争心むき出しで闘うこと それに違和感は無い。
 現代を解っているつもりだが、この辺が自分の限界なのかも知れない。心得ておきたい。 (GG)

アラブの春

2012年9月10日

 昨年、「アラブの春」と報じられた事態は、間もなく「アラブの嵐」と呼ばれる様になった。米・露・韓国の大統領選挙、中国の指導部交代などの動きに合わせて、普段は見せない各国の顔が垣間見られる。解説を聞くけれど、難解だ。
 NHKスペシャル「シルクロード」は、録画までして観たお気に入りの番組であった。日本人の感覚で編集されたものであるから、私達にも分かり易った。
 でも、今回改めて「シルクロード3」の「あとがき」を見て「そんなに生易しいことではない」と思った。
そこには「壮大なスケールと時の重みに圧倒され、その現場をテレビのフレームの中に映像化することは、到底不可能ではないかと、しばしば絶望感に襲われた」とあった。

 戦後「当時、そんな事を知っていたら、こんな事にはならなかったであろうに」と戦前のことを 悔やんだことを繰り返したくない。思考停止に陥りたくない。選択を誤りたくない。

 そんな思いが、毎日を忙しくしているのだろう。そうだとしても、矢張り 情報の引き出しは 多くして置きたい。
今を生きるとは、そう言うことだと覚悟している。 (GG)

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