カトリック北仙台教会

お知らせ

カトリック北仙台教会の催し物や信徒の皆様へのお知らせです。

インフォメーション

各部からのお知らせ

2014年2月18日

総務財政部から
ミサ中や教会で活動中、体調を崩された時のため、「健康保険証」や「病院の診察券」、「薬手帳」を持参してください。
応急の救護がスムーズに運びますので、ご協力よろしくお願いいたします。

典礼奉仕部から
今年の枝の水曜日は、3月5日です。例年どおり灰を作るための枝を回収していますが、2月23日(日)で締め切ります。
枝は、持参の際の紙袋、ビニール袋等から出して、聖堂入口の箱に入れてください。
なお、枝を持参できなかった場合は、各自で焼却するか、土中に埋めてください。

福音宣教部から
以前にもお知らせしましたが、2つの勉強会のお知らせです。

[聖書勉強会]
第1金曜日を除く毎金曜日午後1時から2時の間、開催しています。
現在は、使徒言行録を始めたばかりですが、多くの方々の参加を募っています。気軽に参加できますので、興味のある方は是非!!

[みことばの集い]
月1回、土曜日の午前10時半から12時まで、翌日の主日のミサ中の福音を読んでいます。
自由な雰囲気で、みことばを学び、分かち合っていますので、連続して参加しなくても、飛び入りでも大歓迎です。

葦の髄から(5)

2014年2月18日

「新鮮だったのは『神の美』と言うテーマ。美は知性ではなく、感性に訴えます。それは日本人など東洋の人達には、ピンと来るはずです。私達は、わび、さびを感じ、俳句のように少ない言葉で 世界を描きます。知識ではなく、生き方で示すあかしの宣教 が大切なのだと感じました。」
これはシノドスを終えて、宮原司教が話されたその一部です。

「愛への道、福音の道は、単純です。それは、聖人たちが理解した道です。回心への道、謙遜の道、愛と心、美の道です。」
これは、前回、教皇の言葉として紹介しましたが、最後にお祈りとして次の言葉が続いていました。
「そしてあまりにも美しい、あの純粋な福音に向かわして下さいます様に。それは、聖性の美しさによって、私たちをも美しくしてくれます。」

「新しい福音宣教において、美の道に特別な注意を向けなければならない。良い羊飼いであるキリストは、人となった真理であり、しるしで現された美の啓示であり、限りなくご自身を注ぎだされる。イエスに従う若者に、キリストのいつくしみと真理だけでなく、その完全な美も証しすることが重要である。」
これは、シノドス第13回「提言20:新しい福音宣教と美の道」の冒頭部分です。

私は、冒頭の「美-感性―生き方で示すあかしの宣教」について話された宮原司教のお話に身近なものを感じました。そして、教皇のお言葉、更にシノドス第13回の文書に遡ってみると、「美の道」の厚みが増した様に思いました。

「新しい福音宣教と地域教会と小教区」「地域の歴史と文化」等と考えている時であり、1月19日の北仙台教会の新年会は、新鮮でした。
会場一杯に集まった80余名、和やかで、とにかく楽しかった。そして、私達の仲間に、こんなに明るい、カワイイ芸達者な秋田おばこ、加えて、堅物そうな総務部の面々と共同体委員長、こんな元気な男衆が居たとは驚きであり喜びでした。
私は、調理場入口に近い席でしたから、お汁を2杯も頂けました。10名を超える人たちが、台所で新年会を支えていて下さったのです。準備もあったでしょうが、後始末もご苦労だったろうと感謝で一杯です。手作りクッキーは、家へのお土産にしました。
司教も一緒に楽しんで下さった様にお見受けしました。私は、この日「新しい福音宣教」の側面を 幾つも見せていただきました。有難うございました。感謝の一日でした。(GG)

葦の髄から(4)

2014年2月5日

名誉教皇ベネディクト16世は、第12回シノドスで「正しい聖書解釈」について問題提起をしておられました。歴史的・批判的な方法の必要性と有効性を認めながらも、もう一つの方法について述べておられました。提言にも盛り込まれていましたが、私には難解で、未消化のまま5年も過ぎました。カトリック新聞の「信仰年」期間中の記事が、理解の手懸りを与えてくれました。

その1、教理省長官の「教皇ベネディクト16世 が示されたカトリック神学の原理に従った唯一の可能な解釈」、それは「連続性における刷新、改革による解釈法」。
名称が付いていました。大事な注釈もありました。「ここで『連続性』という言葉で伝えようとしている意図は、『源泉との恒久的な一致』です。」

その2、教皇フランシスコは、「キリスト教をイデオロギー的観点から解釈する全ての行為は、知性だけを通して福音を見ることにより、愛または美には目を向けない方法であり、福音を偽るものだ」と語られました。
また、次の様にも話されました。「愛への道、福音の道は、単純です。それは、聖人たちが理解した道です。回心への道、謙遜の道、愛と心、美の道です。」
イデオロギー(哲学用語、ドイツ語で、『観念体系・意識体系』。『特定の社会、政治的意識を持つこと』等)

その3、酒井新二氏は「意見・異見・私見』欄で、「はじめにロゴスあり」と題して次の様に述べられました。
「『本体論』とは、神の定めた秩序を前提とする思考方法であり、近代の倫理学はこの本体論を乗り越えることから始まった。ミサの説教や教皇のことばは、言うまでもなく、この本体論に立っている。」
「パスカルに於いては未だ『神の影』が残っているが、サルトルに至ってはそれも消えている。」

その4、糸永真一司教が「意見、異見、私見」に投稿されて「カトリックの信仰には『カトリック教会のカテキズム』と言う拠り所がある」、「聖書解釈に統一した基準があり、教導もしっかりしており、信仰は共同体の信仰であり、個人の信仰ではない」と述べておられました。(テーマ「エキュメニズムは教会のプロテスタント化ではない」の中から)

「信仰年」のお恵み、もう一つ。教皇、お二人の言葉は、これから日々の信仰生活の支えとなるでしょう。

「神は、世界の起源についての遠大な仮説でも、わたしたちとかけ離れた数学的概念でもありません。むしろ、具体的な神、存在する神です。歴史の中に歩み入り、歴史の中に現存される神です。」( 教皇ベネディクト16世 337回目の一般謁見)
「日々の出来事の中に隠れた仕方で神がおられます。あなたの傍にもおられます。
私が、旅に疲れた時『私は家に帰りたい』と言う力がありさえすれば、あなたは 戸が開かれているのを見出します。神は あなたに会いに来られます。例え罪深く、弱い者であっても 神はあなたの傍におられます。」(教皇フランシスコ 19回目の一般謁見演説) (GG)

2月のチャリティカフェ

2014年2月5日

今月のチャリティカフェの開催日は、以下の通りです。
従前どおり午後1時から午後3時まで、信徒館ホールで開催しています。
皆さんのチャリティは、東日本大震災被災者のために使われます。

開催日
4日(金)~8日(土)、 12日(水)~15日(土)
18日(火)~22日(土)、25日(火)~3月1日(土)

葦の髄から(3)

2014年1月26日

先日の成人の日。新聞のコラムから一部を借用させて頂きます。
「有史以来の襷リレーが人の世にある。『今どきの若い者は……』という無限連鎖だ。」「明治時代には『青年』、戦後の高度成長期には『若者』。この二つに続く新しい『呼び名』を今の若い人たちに作って欲しい。」
そこには、20代自身の自画像も載っていました。「現実的」「幼い」「覇気がない」「身勝手」等。

TVでは、3連休の初日、土曜日に「若者達の未来を考える討論番組」がありました。
私は「アラフォー以下は、経済成長を知らない世代」と言った事がありましたが、その人達は「そんな大括りは出来ない。一人一人の境遇が余りにも違う。個性的でさえある」と思いました。若い人の次の言葉が心に残っています。
「私達が生まれた時は、今の世の中の仕組みが既に出来上がっていた」、「或る程度は満足出来る状態、何が何でも頑張る状態ではなかった」、「この状態や仕組みは、あなた方、先輩が作り上げたもの、その人達は、まだ現役で、世代交代は終わっていない」。
「言い得て妙」と言う言葉が若い人から出たが、思い出せません。世代間の理解は難しい。二世代間となると 困難 とさえ思うことがあります。

私達が過去を話すとき、経済、景気の移り変わりを基準とすることが間々ありますが、これ以外ないのでしょうか。昨日のA紙に時の流れを超えるコラムもありました。一部をお借りします。
「向田邦子さん。少女時代の2年間を過ごした鹿児島を『故郷もどき』と慕った人だった。」

どんな出会いがあったのでしょうか。今の世も「出会い」を大切にしたい。世代を超えて理解し、助け合いたい。「お大切に」と。「兄弟愛」を以て温かく。(GG)

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